したいことをするな。嫌なことをしろ。

したいことをするな。嫌なことをしろ。

アノ有名な信玄が言っているなら一理あるかもと思って信玄の功績を調べて驚いた。

名門武田家を滅ぼした武田信玄

名将とか勇将かと思っていたが、ちょっと腕っ節が強いだけのアホのボンボンだったのではなかろうか?

信玄餅

信玄もちは好きだし武田信玄は嫌いじゃないけど戦略がドヘタだったのではないだろうか?

赤備え

戦場で目立つ赤を着る。
必要なのは5000の兵を1万に見せることができるように、兵を思うように動かすこと

5千の兵を1万に見せることに何の意味があるのだろうか?

5千の兵を5万に見せられれば敵はビビッて逃げるかも知れない。

5千の兵を5百に見せられれば敵は油断して奇襲や後ろから攻めることができるかも知れない。

信玄の戦術は、農民で編成した寄せ集めの弱小軍隊には効くかも知れないコケ脅しだが本職の兵には効かないだろう。


「 人は城 人は石垣 人は堀 情は味方 仇は敵なり 」

言動がココまで一致しない武将も珍しい、戦略抜きの姑息な手しか使っていない印象を受ける。

今川 義元 が死亡したあと、今川家を裏切り 今川氏真 を攻めて駿河を獲得。
これが、織田家や徳川家と直接対峙する原因となった。

今川 義元は武田信玄に名門公家の三条家、三条の方を紹介した。
今川義元は、信玄の妹である定恵院を正室とした。
それ以外にも子ども同士で婚姻関係を結ばせるなど姻戚関係は、かなり深かった。

同盟関係だった諏訪頼重 に侵攻。降伏した諏訪頼重を甲斐へ連行、東光寺で自害させた。
※命は助けるといったものの、やっぱり気が変わって自害させた。

戦に敗れたり家が亡びるのは天命ではない。やり方が悪いからだ。

信玄の時代に鏡は無かったのか?

人はよく、負けるはずのない戦に負けたり、あるいは滅びるはずのない家が滅びると、それは

天の命だという。そんなことはない。今までのやり方が悪いからだ。物事はすべてちいさいこ

とをいかに大切に考え、積み重ねていくかという心構えが必要だ。トップにたった者は、日常

の行いを正しくして、善行を積み重ねていかなければ部下は決してついていかない。

戦は五分の勝ちをもって上となし、七分を中とし、十を下となす。

5分勝てばもっと勝たなければいけないといってその分励む。しかし七分勝つとこれでいいと

言って気を緩める。努力しなくなる。完全勝利をすると俺は勝った、勝ったと奢りを生ずる。

人間は常に努力が必要だ。そのためには五分の勝ちあたりでとどめ、常に不断の努力を

続けることが肝要である。

したいことをするな。嫌なことをしろ。

を理想として、思いつきで姑息な手ばかりを打っただけのようだった。


嫌なことをして成功した人を見つけるのは難しい。

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